佐久間現地訪問・・・生誕地へ

 実は、私の生まれは佐久間なんです。戸籍には出生地が記載されていますが、現在戸籍では市町村等の行政区画が記載されているだけです。

 しかし、平成改製原戸籍には、出生した地番まで出ていることがありますので皆さんも、是非一度、平成改製原戸籍を見ておいてください。

 
  これ、私の平成改製原戸籍です。出生地は、磐田郡佐久間町大井2445番地の2。実は、この住所は、今はなき静岡地方法務局佐久間出張所の住所なんです。そう、私は父が法務局職員だったので、父の職場兼居住地であった法務局で生まれたのです。

 佐久間には 3歳ぐらいまでしかいませんでしたので、佐久間の記憶はほとんどありません。ただ、どこかから落ちて舌を半分ほど噛み切ってしまうという大怪我をしたため、とにかく段差が多いという印象は残っています。

 相続財産管理人としての佐久間現地調査の帰り、戸籍に記載された住所を頼りに生誕地を訪ねてみました。今はスマホで検索できますので便利ですよね。
 

 地元の人に、「昔、このあたりに法務局はありませんでしたか」と聞いたところ、この階段を上ったところだったけど、今は雑草が生い茂っているとのことでした。

ヒエー、段差どころか、とんでもなく狭くて長い階段だー!

 
 ぜいぜい言って登ると、そこには民家が・・・。昔の人は、法務局へ行くのにこんな階段を上っていったのか。それで国のことを「お上」と言うのか?
 
 よーく見ると、何やら門柱らしきものが・・・。表札は取られていましたが、きっと法務局の表札が貼り付けられていたのでしょうね!
 

 地元の人が言っていたとおり、法務局の跡地は雑草の生い茂る狭い土地で、すぐうしろは山が迫っていました。「こんなところで生まれたのか・・・」

 56年ぶりぐらいに訪れた私の生誕地の前で瞼を閉じると、小さな頃の家族の笑顔が浮かんでくるのでした。

 階段を降りると、そこには診療所が。そういえば、舌を半分噛み切ったとき、この町には外科医がいなかったので、町のお医者さんが「専門じゃないけど」と言って舌を縫ってくれたと聞いています。ここが、私の命の恩人が勤務していたところかもしれません。

投稿者プロフィール

古橋 清二
古橋 清二
昭和33年10月生  てんびん座 血液型A 浜松西部中、浜松西高、中央大学出身(途中、上池自動車学校卒業)

昭和56年~平成2年 浜松市内の電子機器メーカー浜松ホトニクス(東京一部上場)で株主総会実務、契約実務に携わる
平成2年 古橋清二司法書士事務所開設
平成17年 司法書士法人中央合同事務所設立
最近、農業にはまってい る (本人は「農業」と言っているが、一般的には「家庭菜園」と呼ばれている)。 耕運機まで所有するなど、道具は一人前だが野菜のできはイマイチ。 本人は、異常気象だとか、土が悪いとか、品種が悪いなどと言って、決して自分の腕が悪いことを認めようとしない。