神様、本当にいたよ

 ある眼科医から診療報酬未払金120万円を回収して欲しいと依頼され、代理人として訴訟を提起し、本日、その第1回口頭弁論期日が開かれた。相手方である被告も出頭した。

 被告は、「8回も手術をしてもらったので大変申し訳ないとは思っていますが、今では左目がほとんど見えなくなってしまい、思うように働けません。とても一度に払えるような金額ではありません」と裁判官に訴えかける。裁判官は、「原告は分割でも可能ですか」と私に聞いてくる。このように、裁判になっても話し合いで解決しようとすることは珍しいことではない。どうも、雰囲気的に、長期分割払いを提案してきそうだ。それでも、話だけでも聞いてみるかと考え、私は「はい、お話を聞いてみたいと思います」と答える。

 「では、司法委員の先生を交えて別室で話し合いをしてみてください」と裁判官。「司法委員」というのは、民間から選ばれ、裁判官を補助したりアドバイスしたりする役割を担っており、裁判官の指示により別室での話し合いの取りまとめも行う。

 「別室」というのは法廷ではなく普通の会議室のような部屋なので、法廷の凜とした雰囲気とは趣が異なる。

 「僕がね、手術したらいくらかかるかって先生に聞いたんだけど、金額を聞いて「とても用意できない」って言ったら、「そんなことを言ってると失明するよ。お金はあとでいいから手術しないと大変なことになるよ」って言われたんです。それで手術してもらったんです。その時にね、僕は、家に帰って女房と二人で泣きましたよ。神様って本当にいるんだって。ほんと、助かったねって」

af9920052035 別室に入ったとたん、被告は饒舌に話し出した。

 「それが、裁判起こしてくるってびっくりしましたよ。やっぱりお金なんですね」

 私は議論する気はないので黙っている。司法委員が、「そうはいってもね・・・」と場をつなぐが被告の話は止まらない。最後には、助けた医者が悪いとまで言い出す始末だ。

 ようやく司法委員が話を本筋に戻し、被告の生活状況を聞き出した。しかし、目が悪いこともあって収入は不安定。確実に支払いを約束できるのは月1万円とのこと。

 訴訟を起こして分割払いで和解する場合、ケースバイケースではあるが、感覚的には3年程度で完済できるように話し合われることが多い。ところが、月1万円の支払いだと完済までに10年もかかってしまう。司法委員が申し訳なさそうに、「どうですか」と私に聞いてくる。私は、「難しいな」と思いながら「一応、本人に聞いて見ます」と答え、一旦別室から出て依頼者である医師に電話した。

 「月に1万円しか払えないので分割払いで120回で払いたいと言っています。標準的には3年ぐらいの支払いで和解するケースが多いので、とても先生が納得できる提案ではないと思います。しかし、収入も細かく聞きましたが不安定で、これ以上は無理のようです。もし、この内容では和解できないというのであれば判決をもらいますが、差し押さえるものもなさそうです。異例ですが、少しずつでも払ってもらったほうがいいかもしれませんが、どうしましょうか」

 これに対して、医師からは意外な回答が帰ってきた。

 「120回でいいですよ。でも、条件があります。彼が診察に来なくなって1年近くなります。私は彼の病状が悪化しているのではないかと心配で、何度も連絡をしてみました。しかし、遂に連絡がとれませんでした。先生に訴訟をお願いしたのは、彼に、キチンと治療を続けるように伝えたかったからです。ですから、和解が成立したら診察に必ず来ること、これが絶対条件です」

 私の頭の中で、さっき被告が言った「神様って本当にいるんだ」という言葉が蘇ってきた。

 「わかりました。診察に来ることが条件ということは和解調書に残すことはできませんが、私が被告にしっかりと伝えておきます」

 そう言って私は電話を切った。そして、別室に戻り、開口一番、被告に対してこう言った。

「神様、本当にいたよ!」