9月27日、最高裁で、司法書士には衝撃的な判決が言い渡された。私も傍聴に行き、「ここが最高裁の法廷か。どんな判決になるかはともかくとして、最高裁の法廷に来るのは最初で最後かもしれない。よ~く目に焼き付けておこう」と思いながら開廷を待った。

裁判長は、主文だけではなく、判決理由の要旨を簡単に紹介してくれた。それを聞いたときに、司法書士の主張の主要部分は認められなかったと瞬時にわかり、なぜか落ち着いている自分が不思議だった。

この判決に対してはいろいろな意見が飛び交っているようだ。また、過去に行った和解の効力等についても情報交換が始まっている。この判決が司法書士界に与える衝撃は、決して小さくなさそうだ。

ところで、今まで築いてきたものがいとも簡単に破壊されるこの絶望感は、なぜか懐かしく感じるのは私だけだろうか。この感覚は、幾度となく味わったものと似ている。

たとえば、破産法改正前は、破産申立てをすると何件も訴訟を提起され、給料の仮差押えまで受けたあの頃。破産申立てをすればするほどそうした訴訟を抱え込み、債務者の経済的再生を阻害され、絶望感を味わった。でも、破産法改正にこぎ着け、そうしたことはできなくなった。

また、ヤミ金の取立てや嫌がらせに生活を破壊されて絶望感を味わったこともあった。しかし、ヤミ金融の口座を仮差押えしたりしながら闘っているうち、国をあげてヤミ金融問題に対峙するようになった。

商工ローンの手形も止まらず絶望感を味わったこともあった。でも、様々な手続に保全措置があるのに調停の保全措置が使い物にならないのはおかしいと声をあげ、調停前の仮の措置を活用し、手形を止める手法でそれを乗り越えた。

今までもそうだったように、今回の判決の衝撃は必ず乗り越えられる。そう信じて新しい道を手探りで進んでいけばいい。これも、司法書士の歴史の1ページだ。雑草は踏まれるほど強くなるのだ。