訴訟代理人は依頼者にストーリーを語らせよ
  ― 訴訟代理人の極意 ―

(本稿は、「月報司法書士」2016年9月号に寄稿したものです。内容は、一部事案を変更し、または複数の事案を組み合わせています)

 

1.心地よい疲れ

 浜松と静岡の中間点より浜松寄りのこの裁判所から事務所までは車で40分ぐらいだが、夕刻に家路を急ぐ車で天龍川を渡る橋は渋滞し、1時間経ってもまだ浜松市内に入れない。それでも私は、自分の依頼者に対する尋問に加え、通訳を介して行ったフィリピン人、中国人に対する延4時間に亘る尋問のほとぼりが冷めず、ハンドルを握りながらニヤニヤしていたに違いない。
 それは、単に、尋問を終えた達成感ということではなく、裁判官に原告のストーリーを伝えることができたという満足感から出た笑みだった。
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2.やむなく受任

 実は、この事件は”やむなく”受任した事件であった。
 1年半程前、ある司法書士から「訴訟を受けてやってくれないか」という話があり、Xの相談を受けることになった。

 Xは40歳過ぎの女性であり、深夜勤務中に同僚の中国人の女性Yがフィリピン人の女性Aと携帯電話でわいせつな動画を見てふざけていたが、これをXも見るようにと強制してきたのでXは拒絶をした。しかし、Yが執拗にXに迫ったため揉み合いになった。そして、Xは、柔道の足払いのように投げ飛ばされ、そのあとYが馬乗りになってXの首を絞めてきた。

 Xは死ぬかと思ったが、その瞬間にAが間に入って二人を離した。Xは頸椎捻挫、右膝打撲傷を負い、8日間の休業を余儀なくされ、通院も4カ月に及んだ。

 Xは弁護士に依頼して、YとYを雇用しているZ社に対して損害賠償請求の調停を起こしたが、Yが出頭せずに調停は終了。Xの弁護士は、「これ以上はできない」と訴訟を引き受けてくれなかったため、Xは調停申立書を真似して訴状を作り、自分で訴訟を提起した。

 すると、被告Yに弁護士がつき、全面否認してきた。それに加え、Yの弁護士はXの作成した訴状に書かれた文章のひとつひとつに難癖をつけてきた。

  Xは、これ以上自分で訴訟遂行することはできないと考え、あっちこっちに相談した。しかし、代理人を引き受けてくれる弁護士や司法書士は見つからず、回り回って私のところに辿り着いたという。

  相談を受けているうち、代理人の引き受け手がなかなか見つからない理由はなんとなくわかった。

 ひとつは、Yの不法行為を立証できる客観的証拠がないということ。目撃者はいっしょに働いていたフィリピン人の女性Aだけであるが、Aは調停の際にYに有利な陳述書を提出している。

  そして、もうひとつの要因は、Xは、相談する相手に対し、信頼関係を築くのが簡単ではないと感じさせる素振りをするからだろう、と思った。

 たとえば、いつも怒っているような話し方をする。相談に来ているのに、である。
 また、投げやりな言葉を簡単に口にする。「これこれを認めてもらうのは難しいかもしれませんね」と言うと、「あ、じゃあもういいです」といった具合である。

 さらに、面談をボイスレコーダーで録音する。まあ、そういう相談者も時々いらっしゃるが、Xは、ボイスレコーダー2個を使って録音をしているのだ。

  普通だったら、これらの理由から私も受任を躊躇するようなケースだったが、次回期日も迫っており、しかも、このままでは本人が訴訟遂行するのは困難であろう。 私は、「ここで私が断ったら、この人はもう誰も引き受けてくれないかもしれない」という妙な責任感で、年に数件はしぶしぶ引き受けることがあるが、本件も、その1件だった。

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3.請求原因の再構築

 事件そのものは、Yに対する損害賠償請求、勤務するZ社に対する責任も追及するものであり、傷害事件の損害賠償請求であるから交通事故による損害賠償請求事件に準じて損害額の算定をしていけばいいだろうと考えていた。
 もっともXの提出した訴状が割と荒っぽいものだったので、診療報酬明細書や診療録(カルテ)を取寄せて、Yに対する請求原因を再構築していくことが必要だった。
 最初から受任していればこれらの作業もじっくり行うことができるが、期日に負われながら、損害額の算定に意識を集中せざるをえなければならない状況がしばらく続いた。

 不法行為の立証についてはどうしたものかと考えていた。

 通院したこと、休業したことは証明できるが、肝心の不法行為については正直悩んでいた。管理体制の不備を突かれたZ社が和解に応じてくれればなどと甘い考えでいたが、Z社には労働関係法で著名な弁護士が代理人に就き、全面的に争ってきた。

 また、Z社に対しては、不法行為の使用者責任と構成するか、労働契約上の債務不履行(安全配慮義務違反)でいくかについて、訴状では明確になっておらず、私も決めかねていた(「安全配慮義務違反」とは最高裁昭和50年2月25日判決により定立された概念であり、労働については、平成20年施行の労働契約法において労働契約上の付随的義務として明文の規定が設けられた)。
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4.どうやって立証する?

 毎年年末になると、浜松駅コンコースにおいて、浜松市、弁護士会、司法書士会等で悪徳商法被害防止キャンペーンを行っている。年末に早足で通り過ぎる通行人に被害防止を訴えるチラシを配付するのが恒例行事となっているのだ。

 私も都合がつく限り参加するようにしている。 その年は、Xが当初調停を依頼していた弁護士もこのキャンペーンに参加していた。その弁護士は以前から顔見知りであったので、私がXの代理人を引き受けたことを話してみた。

 すると、「あ、そう。受けたんだ」という怪訝そうな反応だ。その表情から、やはりXとのコミュニケーションに問題があったことは間違いない。

「で、立証はどうするの? 何も証拠がないよね」

 まさにそのとおりだ。いきなり核心を突かれた。私は、結果はともかく尋問までやって、本人に納得してもらうしかないでしょう、というようなことを答えた。

 ちょうど、損害額の主張・立証の準備が終わり、いよいよ不法行為そのものについての立証の壁にぶち当たっていた時だったので、少し弱気になっていた。

 おまけに、年が明け、Yには新たに刑事弁護で著名な弁護士が代理人に就任した。こんな簡裁の事件で、著名な弁護士2人を相手にしてどうやって闘っていくというのだろうか。

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5.原告には原告のストーリーがあった

 前から気になっていたことがあった。40過ぎの女性であるXがなぜ工場で深夜勤務をしていたのか、常時ボイスレコーダーを2個持ち歩いてすべての事象を録音しているのはなぜか、などである

 これらの事実は本件の不法行為とは直接関係ないかもしれない。しかし、工場で中年の女性が深夜勤務をしていること自体、経験則に反するのではないかと思う。しかも、ボイスレコーダーで身を固めてである。

  私は、その疑問を単刀直入にXに投げかけた。Xの答えは「深夜勤務の方が高いお金が貰えるから」という単純なものだった。

 でも、家族はXが深夜勤務をすることをどう思っているのだろうか。そういえば、これまでXの家族の事は何も聞いていなかった。

 「旦那はいるけど精神的な問題でもう8年ぐらい働いておらず、収入はありません。子供は中学生が一人。だから、少しでも高いお金を貰いたいんです」

「え、そうなんですか?」

 訴訟を途中から引き受けたために請求原因を整理することばかり考えていたが、驚くべき事実が次々とXの口を突いて出てきた。整理するとこうだ。

 Xは、夫と中学3年生の長女の3人で市営住宅に暮らしている。
 夫は8年程前からうつ病のような状態で、現在は収入がない。障害年金等の公的給付も受けていない。
 そのため、Xが働いて家族全員の生活費を稼がなければならない状況にある。

  Xは、Z社に入る前は溶接工やトラック運転手などもして家計を支えてきた。こうした男勝りの仕事の方が高収入を得られるからだ。

 Z社に入社したのも、夜勤があって高い給料がもらえることが魅力的だったからだ。

 しかし、Z社の職場は、工場を管理する正社員が2~3人いる他は契約社員が70人ぐらいで、その内7~8割は、ブラジル人、中国人、フィリピン人などの外国人である。みな生活費を稼ぐためだけに働きに来ており、職場の人間関係は殺伐としていた。

  Xは、入社当初から休日出勤や夜勤を積極的に行った。その方がいい給料が貰えるからだ。が、そんなXを見て、職場では「頼まれてもいないのに勝手に休日出勤している」とか、「自分も休日出勤して稼ぎたいのに何でXだけが休日出勤をするのか」、「Xは会社にいい顔ばかりしている」などといった噂が流れるようになり、Xは職場で孤立していった。

  こうした「いじめ」はますますエスカレートし、作業中に不良が出ると、その原因がXとは関係ないのにその不良品をXに投げつけられたり、他の同僚から見下したような話し方をされるようになっていった。

  Xは、職場の責任者に、いじめを受けていることを2回相談したことがあるが、1回目はまともに取り合ってくれず、2回目は口頭で注意してくれたが根本的な解決にはならなかった。

 そんな中、今回の事故が起きたのだった。

 Xはこの事故以来、職場の同僚や責任者を全く信用できなくなり、ボイスレコーダーを2個持ち、常時録音をして”武装”しているというのだ。  

 そうすると、今回の事故は単に職場での偶発的な事故にとどまらず、パワハラであり、セクハラ(YはXに猥褻な動画を見ることを執拗に強要した)ではないのか。

 Xの家庭環境、XがZ社に入社した理由、Z社の職場におけるXの扱い、本件事故に至る経過・・・・・・。

 これらの主張や事実が一本の線として結ばれた瞬間であった。

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6.交通事故とは全く違う

 私は、受任当初、交通事故に準じて訴訟を遂行すればいいと考えていた。しかし、交通事故とは全く違うことに今更ながら気がついたのだ。

 交通事故は、ある日、知らない者同士が突然発生した事故によって紛争が生じる。そこにはストーリーがない。

 しかし、本件では、なぜ事故が起きたのか、それはどのようなストーリーだったのか、ということが重要なのである。

 「訴訟の勝敗は間接事実で決まる」などと言う人もいる。Xの家庭環境、Z社するまで職歴、Z社に入社した動機、職場環境、日常的に起きていたパワハラ。こうした中から動かしがたい間接事実をどれだけ拾い上げて言葉で説明できるのか、そして、それらの事実を積み上げて、それに経験則を適用し、「だから、いじめを受けていたに違いないと言えるんだ」と説明できなければならないのだ。

  例えば、12月31日に上野駅のプラットホームで撮影した写真があったとする。

 直感的には誰しも「帰省ラッシュの写真だ」と思うであろう。しかし、それがなぜ帰省ラッシュの写真なのかということを言葉で説明できなければ訴訟代理人は務まらないのだ。

  では、帰省ラッシュの写真から具体的な事実を抽出していくと、例えば、「上野という駅名が写っている」、「電車の行き先は青森と表示されている」、「大勢の人でごった返している」、「家族連れが多い」、「大きな荷物を持っている」、「冬の服装である」、「ビジネススーツの人は少ない」、「雷おこしを持っている」、「みんな表情が楽しそうだ」などとなる。

  そして、経験則としては、「上野駅は東北への窓口になっている」、「年末には田舎に帰る人が多い」、「年末年始は仕事が休みになる家庭が多く家族で行動する」などがあるだろう。

 これらのフィルターを通して、「だから帰省ラッシュの写真なんだ」という結論を導びくことができる。

 通常は、このような情報処理を頭の中で一瞬のうちに行っているのだ。こうしたひとつひとつの事実の拾い上げができるかどうかは訴訟代理人のスキルだ。

 本件では、動かしがたいなるべく多くの事実を丁寧に拾い上げそれと矛盾しないストーリーを尋問でXに証言させ、経験則を通じて「いじめがあったのは事実だろう」、「YがXを投げ飛ばしたのは事実だろう」と裁判官に理解させることが必要である。そして、それが、本件訴訟の大きな課題であることに気がついたのだ。

  また、そのことは、Z社に対する安全配慮義務違反の主張の柱にもなるのである。 すなわち、労働契約法5条は、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と規定している。また、事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対処するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならないこととされている(男女雇用機会均等法11条)。

  これらを受け、「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針」(平成18年厚生労働省告示第615号)が出され、また、平成24年9月10日には「厚生労働省大臣官房地方課長」から「職場のパワーハラスメント対策の推進について」との通達が出されている。

  これらの状況を考え合わせると、メンタルヘルス対策の実施は企業の義務であり、企業の従業員が他の従業員などにパワハラ等の「いじめ」行為を行い、それによって被害者の人格的利益等が侵害された場合、いじめ行為を行った同僚らは、不法行為責任を負うとともに、使用者は、労働契約上の付随的義務としての安全配慮義務・職場環境保持義務を怠ったとして、債務不履行責任を負うこととなるのである。

 

7.書証は点、人証は線

 紛争には、法律論とは別にストーリーがある。

 事案の進展はどうしてこのようになったのか、問題のきっかけは何だったのか、偶発的なことであったのか、どちらかの不誠実な行為か、その損失はどちらが負担すべきなのか。

 もちろん、人証は、過去の事実を現在に顕在化させる機能を持つ書証の証明力にはかなわないこともある。しかし、書証という動かない点みたいなものがあって、それをストーリーでつないでいくことによって通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持つようになり、そこに関係者の人間性なども加味されて事案を評価する基準みたいなものが見えてくるのではないか。 そういう意味では、今日の尋問はXのストーリーを十分に引き出すことができたのではなかろうか。

 車は渋滞を乗越えて天龍川の橋を渡り終え、浜松市内に入った。辺りは薄暗くなってきたが、真正面に輝く夕日に引き込まれるように車が流れ出してきた。まるで、判決に向かって一直線に動き出した今日の裁判のようだ。

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